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ジャズの原点は「歌」と「集団即興演奏」というお話 [音楽スタイル]

前回「Lounge Jazz」についてお話しましたが、
考えてみれば、僕が「ジャズピアノ」を始めた頃は、
「Lounge Jazz」なんて全く興味がなかった事を思い出しました。

志望はドラムやベースやサックス等との「セッション」を、
1日も早くできるようになりたい、という事。

皮肉な事にクラシック系音大では、
作曲やピアノよりも、
専門ではないのだけど「声楽」にハマっておりましたが。

山下洋輔トリオでジャズにハマる

僕は公称(笑)、中学生時分よりバド・パウエルやマル・ウォルドロンみたいな
「モダンジャズ」にハマった、という事になっていますが、
本当に心の奥まで揺すられた、つもり自分なりに「わかった」のは、
山下洋輔トリオの音楽なんです。

山下さんは日本の「フリー・ジャズ」の鬼才。

フリー・ジャズとは、それまでの「音楽の規則(?)」を無視して、
自分の好き放題に演奏できる、という1960年代に出現し、
僕が中高生だった1970年代後半でも「現在進行形」だった音楽です。

ちょっと山下洋輔さんの音楽を聴いてみましょう。

70年代後半のスイス・モントルゥー・ジャズ・フェスティバルでのライブ
https://youtu.be/MvfEuteYRj0

最近の山下さん
https://youtu.be/ADe2-zJz1Lc
https://youtu.be/8zQDeTdstU4

これを聴いて「いっぱい飲みたいですなぁ」なんて呑気な事をいう人はいないと思います。

多分、「なんだこりゃあ!」と拒否反応するか、逆に「ウォー、これはゾクゾク来たぁ」と
なるかのいずれ。

大概の人が拒否する筈ですが、中学三年生で高校受験を控えて悶々としていた僕には、
なにやら暗黒の雲を吹き飛ばすような、実に爽快な音楽でありまして、
恥ずかしながら「山下洋輔風」にメチャクチャにピアノを叩いて次第。

尤も「ジャズを理論的にも理解」「ジャズ・リズムが理解」できた後、
山下さんの演奏を改めて聴くと、別に「メチャクチャ」という事はない。

大雑把に言えば「Diminished Chord」の拡大で音を選択し、
細かいジャズリズムを上下左右に組み合わせ、
要するに「物凄く上手く」演奏している訳ですね。

とはいえ、膨大な数がある山下さんの著作を読むと、
「フリージャズ」の「入門」として、
楽譜も読めず、楽器もできない人であっても、
例えば太鼓でも、コップでも、なんでもいいから音の出るものを、
皆んなで「感覚」で自由に「合奏」すればいい、とあります。

こういう場合に、音楽理論なんて全く知らなくても、
不思議となんらかの規則性を伴う「合奏」になるらしいです。

それで恥ずかしながら、高校生になった僕は、
自宅で二台のカセットレコーダーを使い、
ピアノ、木琴、リコーダー等で「多重録音」し、
一人で「フリージャズ」の「訓練」をした記憶があります。

そう言えば坂本龍一さんがNHKテレビで「音楽講座」をやられた時、
ゲストの山下洋輔さんの「指導」で、中学生のブラスバンドが、
皆が好き放題に楽器を鳴らし、それと山下さんや坂本さんが「共演」する、
というシーンがありました。

要するに、とりあえず音を出し、他の人とバランスしつつ、
全体として音楽を作っていく、というのが「フリージャズ」であり、
ある意味「ジャズに限らず音楽の原点だ」という考えでした。

だから僕が音大生となって以来、「ジャズピアノ」を志望した際に、
当然の事として「集団即興演奏」という事がイメージにありました。

早くドラムやベース、サックスなんかと「セッション」したいな、と思ったし、
実は訳がわからないまま、訳がわからないもの同士で「バンド」を組んで、
「ライブ活動(?)」を開始するのが二十歳の頃ですが、その話は後述。

もう一つの原点は「歌」にある

ところで上記NHKの番組でも山下さんはひたすらに「集団即興」を説かれ、
心の縛り(?)を解放すれば自由に音が出せます、みたいな話をされておられました。

そう言えば、1970年代から80年代にかけて、
山下洋輔トリオは日本は元より、ヨーロッパでも絶大な人気を誇り、
もともと「フリージャズ」が盛んだったドイツ等では、
山下さんのスタイルがドイツの「フリージャズ」界に相当な影響を与えた、とも言われます。

当時の「東西を分ける壁」という精神的な緊張が、
山下さん他の「フリージャズ」を求めた、という事があったかも知れませんが、
当時の西ドイツはともかく、東ドイツでは、「フリージャズ」は当局からは歓迎されず、
しかし、その分、東ドイツの観客からは熱狂を持って迎えられたそう。

山下さんが著書で述べられておられますが、
当時の東ドイツのミュージシャンには、色々と当局の制約が付きまとい、
自由に「表現」できなかったそうで、「自由に表現できる日」がくる事を願った、との事。

問題は「ベルリンの壁」が崩壊し、東ドイツが消滅、自由に表現できるようになって以来の
「フリージャズ」の在り方。

簡単に言えば「誰も聴かなくなった!」。

そういう僕が、山下さんのスタイルは「マンネリ」だなぁ、と感じてしまい、
むしろオーソドックスなビル・エバンスみたいなスタイルの方が「刺激的」
だと思えるようになりました。

尤も山下さんも、色々と手を変え品を変え、新しいスタイルを模索されてようですが、
依然としてファンが多いのは、早い話、聞くと、やっぱり良いからなんですね。

基本的には「ジャズの基礎技術」が物凄く高いし、色々と事がわかっている人だから、
僕なんかは聴いてて飽きない。まぁ、あまり聴きたいとも思わなくなってますけどね。

尤も「山下派」みたいな若いピアニストも増えているな、と思います。

高木里代子さんの演奏
https://youtu.be/i9VD8nnFEv8

スガタイローさんの演奏
https://youtu.be/C-M109ISeR4

多分、これは良い事でしょう。少なくとも「アリ」だと思いますね。僕はやらないけど。

ところで、山下洋輔さんは、あまり言わないのですが、
「ジャズ」の原点は「集団即興」と共に「歌」だと僕は思います。

そもそも山下さんは、ああいう風にガンガンに弾きまくりますが、
いざスローバラードなんかを演奏すると物凄くうまいし、
「歌」についても物凄くわかっておられる。

女優の高岡早紀さんの伴奏をする山下洋輔さん
https://youtu.be/PRJoqzOnyAA

「ジャズ」の「集団即興」を原点として爆発させたのが「フリージャズ」ならば、
もう一つの原点である「歌」を拡大したのが「Lounge Jazz」だと僕は思います。

次回は「坂本輝先生のレッッ・プレイ・ジャズ」シリーズの話に。

大阪梅田芸術劇場北向かい Kimball Piano Salon 音楽教室主宰 藤井一成

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リンクは山下洋輔トリオの70年代の名盤 ヨーロッパでのライブ


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Cafe Jazzってなに?大阪梅田KPS音楽教室の内容1 [音楽スタイル]

大阪梅田にある「Cafe Jazz」専門の音楽教室です。

というのが「どんな教室ですか?」とウチKimball Piano Salon
について尋ねられた時の僕の答えなんです。

「なるほどCafe Jazzですか」
「はい,Cafe Jazzなんです」

分かったような,分からない会話で互いに納得しますが,
「Cafe Jazzとは何か?」という定義は音楽業界(?)にもなく、
双方が勝手にイメージしてるだけなんです。

ちなみに「うちはCafe Jazzの教室です」と申しましたが、
「Lounge Jazz」と称するスタイルも提唱しています。

「Cafe Jazz」にせよ「Lounge Jazz」にせよ、
どこかで聞いた名称だか何なのかよく判らない、と感じられましたか?

逆に言えば「Cafe Jazz」や「Lounge Jazz」とは何か?をご理解頂ければ、
Kimball Piano Salon 音楽教室の特色もご理解して頂けますね。

という訳で以前から本ブログをお読み頂いている方には何度か繰り返した話題となりますが、
今日は「Cafe Jazz とは何か?」というお話をしましょう。
(Lounge Jazzは次回)


Cafe Jazz =「カフェ・ミュージック」の一種

「Cafe Jazzはカフェ・ミュージックの一種です」と言っても、
そもそも「カフェ・ミュージック」自体が、分かったような分からない言葉なんですね。

ところで「カフェ・ミュージック」にも定義がないと思ってたら、
僕がプロデュースするカフェの音楽を「カフェ・ミュージック」と呼ぶ事は、
「カフェ・ミュージックの定義」に反するからおかしい、と文句を付けられた事がありました。

つけた人は家中CDだらけ、雑誌等から得た知識が極めて豊富、かと言って職業音楽関係者ではない、
という「オタク男性」でしたが、親切心から教えて下さるには、

*「カフェ・ミュージック」とは「DJ某氏が始めた」音楽のスタイル、との事。

従ってDJ某氏と無関係な僕店が「カフェ・ミュージック」を名乗るのは間違っている,
との理屈でした。

僕はDJ某氏のお名前やどんな「音楽編集」をされておられるのか知りませんが、
沢山のヒトが絶賛する位だから、「いい仕事」をされておられ、と思います。

ではDJ某氏による「Cafe Music」のコンピュレーションCDを、
僕がプロデュースするお店でBGMとして流せば最良の効果を得れるのか、
といえば多分違うだろうな、とも思います。

「カフェのプロデュース」と言っても、僕の店ではないから、
オーナーさんの「好み」や経営陣が求める「営業効果」が枠組みとなります。

「営業効果」とは音楽によって「豪華な雰囲気になった」「スタッフの動きが活発になった」
等の「過程」ではなく、ずばり「売り上げが上がる」に尽きます。

これも勘違いされ易いのですが、
「カフェやブティックのBGM」については、
お店のスタッフの夫々が「自分が好きなCD」や「ヒットしているCD」
を鳴らせば済むような気もしますが、話はそう単純ではないのです。

いくらスタッフがカレーが好きだから、と言っても、
スパゲティーを食べに来たお客さんに勝手に出す訳にはいかない、という簡単に理由もありますが、
実は「カフェやブティックのBGM」は単に「雰囲気をよくする」だけでなく、
「客席の流れを作る」という「商業効果」も問われます。

では「軽快な曲」「にぎやかな曲」を常に流せばいいのか、といえば、
なるほどスタッフの動きはよくなるかも知れませんが、
お客さんの側では単にウルサイだけ、むしろBGMに負けないような大声で
話すから単に落ち着かない店になるだけ。

では「静かなバラード」を小音量で流せばいいのか、といえば、
よほど暇なバーはともかく、それなりにお客さんがいる店だと、
なにやら間が抜けた感じになり、顧客満足感の低下を招きましょう。

結局、メニュー、お客さんが食べる速度、時間帯による混み具合、
客層、照明等のを計算して「BGM」をプログラムせねば、
お店の「売り上げ=顧客満足度」があがらない、という結果になります。

僕が「ピアノ生演奏」する場合、客席では、男声(男性の声)が多いのか、
女声が多いのか、何割の席が埋まっているのか、スタッフの稼働率はどうか等で、
メロディーやアドリブを弾く音域がオクターブ変わったり、
曲の調、テンポ、編曲等を変えます。

時々、ボーカルのヒトと一緒に演奏しますが、
僕がリハーサルと全然違うテンポや雰囲気で弾くので、
「わがまま勝手に弾く伴奏者」と思われてしまいますが、
そうではなく「客席の状況と同期させる」事で
ボーカルの価値を高めている訳です。

「Cafe Jazz」はともかく「Lounge Jazz」なんて言えば、
「ゆったり寛いで頂き、もう一杯飲んで頂く」だけ、と思われるかも知れませんが、
「今のお客さんには帰って貰い、待っている次のお客さんに座って貰う」という「回転」
を要求される場合もあり、これが至難の業。

アップテンポでウルサク演奏すれば、単にウルサク会話するので落ち着かないので
「二度と来るか!」と思われたり、会話が困難になるので「回転」が落ちたり。

「充分に寛げた。話もなぜか弾んだ。音楽も良かった。満足したからボチボチ帰るかな」
と実際には短時間で腰を上げて頂く等の矛盾した要素を満たすのが、
少なくとも僕が「Cafe Jazz」や「Lounge Jazz」としてカフェ等の商業空間の
プロデュースをお請けする場合の職能でしょう。

話が脱線しましたが、冒頭の「DJ某氏によるカフェ・ミュージック」も素晴らしいものでしょうが、
それを僕関係のカフェやラウンジに持ってきても必ずしもベストでない。

「DJ某氏」の「カフェ・ミュージック」はあくまで「DJ某氏のカフェ」でのみ
最良の「カフェ・ミュージック」だと言い切れるでしょう。

むしろ「どんなカフェか?」が問題

おっと「Cafe Musicとは何か?」というお話でした。

何の事はない、そのカフェでBGMやライブとして用いられる音楽が、
そのカフェにとっての「カフェ・ミュージック」になる、という屁理屈みたいな解答になりました。

まぁ「売上げの向上」はこちらの職能としてさて置き、
「どんなカフェ・ミュージック」は結局「その店がどんなカフェなのか?」
という点に尽きます。

まぁ「カフェ」と言うだけで、何となく「お店の雰囲気」がイメージされますね。

テレビが付けっぱなしで、カウンターに座った競馬新聞を読んでるおじさんが
ライスカレーを食べているようなお店は、例え店名が「カフェ何々」でも『カフェ』
とは呼ばず「喫茶店」と呼ぶのが日本の慣わしのようです。

法的には珈琲等の飲物とサンドイッチやカレー程度の軽食のみの店が「喫茶店」
ランチやアルコール類があるのが「飲食店」で、いわゆる『カフェ』は「飲食店」となります。

従って法的にはスタバは「喫茶店」、
お昼の定食と競馬新聞がある設置された「純喫茶」は「飲食店」となります。
(注、実はスタバやマクドは「喫茶店」でもなく、飲食物の販売店であり、
購入した客が店内の空間で食べている、という法解釈な筈。)

そんな法律上の扱いは別として、一般的な感覚ではメニューではなく
「雰囲気」の違いが「喫茶店」と『カフェ』の違いでしょう。

ちなみにカウンターに座って、遅いお昼として「ライスカレー」と食後の珈琲を摂りつつ、
隣で競馬新聞を読んでいるオジサンと並んで、店のママさんをカラカイながら、
僕がこのブログを僕が書いている、ここ「カフェ・モンパルナス」は「喫茶店」でしょうけど…。

という訳で、僕達の「Cafe Jazz」は「Cafe Music」の一種ですが、
そもそも僕達なりに想定した「Cafe」の空間がある、という事になります。

では、どういう「Cafe」を僕達は想定しているのか?

という「Cafe論」に続いてします。(以下、次回に続く)

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スムース・ジャズの方法 [音楽スタイル]

*「スムーム・ジャズ」の定義1;DJ等によるループの使用

何度も繰り返しますが、ここでいう「定義」は、あくまで僕が勝手に定めたもので一般的なものでありませんが、カフェ現場としては間違いではなく、
皆さんが「カフェでラウンジミュージックを演奏したい」と希望された場合のご参考になると思います。

さて定義ですが、前章の「使い道」から考えるに、カフェの狭い演奏スペースでのライブ、という事が条件となります。

皆が盛上がって下さる(かどうか分りませんが)ライブハウスはともかく、
別に音楽を聴きたい訳ではないお客さんも少なからず混じるカフェでは、
聴きたい人にはちゃんと聴かせれ、聴きたくない人にはBGMとして雰囲気作りに役立つという立ち位置が求められます。

かと言って「遠慮したような演奏」は陰気くさいし、しっかりと弾き、且、ウルサくならない、というのは、編曲や演奏にクオリティーが求められます。
この場合、演奏のみならず、音響設備にもそれなりの工夫が必要で、
マイクを使わない生のままだと、近くの人には大音量で、遠くの人には小音量で届き、むしろマイクを使い、部屋の四方においたスピーカーからも再生させて方が、
カフェ中に平均して音を届かせる事ができ便利です。大体のカフェは、店内に平均的に音を届かせる音響設備がある筈で、それを利用しない手はありません。

ところで、米国に限らず日本でも、音楽にこだわるカフェの場合「有線放送を流すだけ」は少なく、セレクトしたCDを流す場合が殆どですが、これも、
市販CD一枚を丸々再生する、という場合と、DJがいて、客席の状況に合わせ、
次々と選曲した鳴らす、という場合があります。或は、丸々一枚のCDを流すにしろ、CDの選択に工夫があります。

更に、凝ったDJ(というか普通のDJ)ともなれば、自分が作った「ループ(ドラム等のリズム音)」を鳴らしつつ、上部では既存のCDを組合わせて鳴らし、オリジナルの音楽にしてしまう、という仕事を行ないます。こういうのを「DJミッスク」と呼ぶのですが、いっそ、上部を既存CDではなく、生演奏で行なおう、というのが「スムース・ジャズ」だ、というのが大雑把な考え方です。

ちなみに、最低二人以上のリズム隊が必要だったのが、一人のDJで済む訳だから、
安上がりだし、場所も要らないから、という考え方を進めていけば、
DJがする事を演奏者本人がしてしまうが、尚更、安上がりだ、という発想が生まれます。基本的に、僕のその口でして、自分で「ルーブ(リズムパート)」をプログラセミングし、それに合わせてピアノを弾く、というスタイルを取っています。

*定義2.ピアノやサックス等の「生楽器」のソリストがいる。

先ほど「DJを省いて、演奏者が自分でループをプログラムする」と安上がりだ、と述べましたが、逆にDJ主体で進めていくと、演奏者が要らなくなる訳です。
つまり、安上がりではないが、敢えて「共演」するべく音楽的必然があってこそ、「DJ+生演奏者」という理想的な組み合せが成立します。

要するに、DJから観て「共演してもいい〜共演したい」と思われる位の演奏者でないと駄目ですが、問題は「スムース・ジャズ」における演奏者は何を、どう弾けば良いのか?という部分です。

*定義3.,60年代の「ニュージャズ」と呼ばれる「モード奏法」をブレイクビーツに
乗せて演奏する。

僕は、ブライベートにはクラシック音楽の勉強を続けていますが(音大出身だし)、
職業としては一貫してジャズ系ピアノ奏者でありました。80年代から90年代の半ば頃迄はNew-Age(今でいうヒーリング)ミュージックに関わりましたが、基本的にはジャズ系演奏者でしょう。

元々、ロック系はあまり関心がないし、昔のR&Bも興味がないのですが、
宇多田ヒカルなんかがヒットする前頃からの、ソウル・ミュージックといいますか、ホイットニー・ヒューストンとかマライヤ・キャリーみたいなのは大好きで、
毎日聴いてました。確か、何かのキッカケでそういう音楽の仕事を頼まれて、
ニワカに取組み始めたような記憶がありますが、何をどうやればいいのか?さっぱり分らなかった事は確かです。

そもそもファンクとかソウルとかのR&B系のリズムの事は理解していませんでしたが、当時好きだったアニタ・ベーカーとかキャリン・ホワイトのCDで登場するピアノの伴奏やアドリブソロの構造が読み取れなかったのです。

それでコピーしたり、分析したり、している内に分った事は、そもそもビートがジャズ8thでもポップスの16ビートでもない、16ヒート基調の三連だという事でした。

分っただけでは仕方ないので、ピアノ練習として、リズムマシーンでR&Bのドラムパターンを鳴らし、指の練習も兼ねて、ジャズのスケールやアドリブパターン、或は、バッハの平均律ピアノ曲集なぞを毎日全曲弾は、何はともあり、リズムにアジャストして弾けるように取組みました。

もう一つ分らなかったのが、コード進行で、一応、ジャズ的なコード進行は習得していたものの、R&Bの場合、下手すると、C7のベースパターンが延々四小節繰返される、という言葉普通にあります。
いわゆる「ワンコード」の音楽となる訳ですが、この「ワンコード」がくせ者。

「コードチェンジをなくして、例えばG7だけで延々と好きなようにアドリブすればいい、というのは、実は嘘でして、乱暴に言えば「左手はC7だけど、右手はC♯m7〜F♯7を乗せていく」という「重層(ポリ)コード」の発想が必要。

これは専門的には「モード奏法」という60年代以後の「ニュージャズ」の音楽技法なのですが、「Dドリアン一発(=ワンコード)でメロディーやアドリブを組み立てる」というのは建前で、実際には重層コードや複合モード(モードを変換する)を使います。

実は色々な人が私のスタジオ(AI Music Salon 梅田)が来られて、
「スムース・ジャズ」や「アシッド・ジャズ」のデモCDを聴かせて下さるのですが、文字通り「ワンコード」で演奏されてるいケースが殆どです。
別に理論が分らないと音楽ができない、という事はありませんが、
かと言って感性だけでできる程の音感を持つ人というのも非常に少ない訳で、
「ワンコード」では、やはり立体的な音楽にはならないようです。

或マッコイ・タイナーみたない「4度構成のコード」も、最初は新鮮なのですが、
下手に使うと直ぐに平板になってしまう訳で、ハービー・ハンコックやキース・ジャレットみたいに色々な転調や対位法を駆使して立体的な音楽を構築する必要があります。

という訳で「スムース・ジャズ」に取組むにあたり、僕の場合は、「モード奏法」についての勉強を始めた次第でした。

*定義4;ブルースである事

上記「モード奏法」というのは、カソリックの教会音楽が基盤となっており、
フォーレみたいなメロディーができる訳ですが、それ故、ドビッシー風ならまだしも、日本人がやると童謡風に陥ります(それも良いと言えなくもないのですが)。

但し「スムース・ジャズ」自体はブルージーなR&Bから派生している訳で、ブルース感覚は大切です。
それと「ワンコード」というか、パソコンやシンセサイザーの「ループ」を組む場合、基本的にコートはドミナント7thになっており、それが大雑把に4度や2度上下する、という形になります。考えてみれば、これは「ブルース」というか正にR&Bな訳で、ならば、音感(使用スケール)も「ブルース音階」を用いるべきでしょう。

ちなみに「ブルース音階」も「マイナー・ペンタトニック」の変形とも考えられるし、或は「バップ・スケール(もしくは「バリー・ハリスの8音スケール)」に振り替えてしまう事も可能です。

おっと、理論的に話しに傾きました。音楽理論の事は別な機会に話しましょう。

僕は「スムース・ジャズ(やアシッド・ジャズ)をやりたいから方法を教えてくれ」という人には、「バリー・ハリス・メソード(三上クニさん著「ニューヨークスタイル/ジャズピアノ教本」を徹底的にやれ、とお奨めしてます。

教会音楽を元にする「モード奏法」も良いのですが、むしろバリー・ハリス的なバップの方法に熟達する方が、「スムース・ジャズ」に不可欠なブルース感覚が表出しやすいと思います。

ニューヨーク・スタイル ジャズピアノ教本(1)

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今時のLounge Music/スムース・ジャズについて [音楽スタイル]

僕が主宰する「アメリカン・ピアノ・ソサエティー」の音楽教室では「ラウンジ・ミュージック」専攻では次の音楽のスタイルのピアノやボーカル・レッスンをしています。

1,イージーリスニング系/50〜70年代の社交ダンスや映画音楽
2,ラウンジ・ジャズ/50年代の「モダン・スウィング」系ジャズ

「ラウンジ・ミュージック」については、教室の正規レッスンとしては取扱っていませんが、「スムース・ジャズ」と呼ばれる「打込みもの」が加わった今時のスタイルもあります。尤もi-tune ミュージック・ショップで検索すると、米国では「ラウンジ・ミュージック」これが中心らしいのです。

もしくは「ジャズ」系に限らず、ラテンやポップスを基盤とした「打込み」と「アコースティック」を混ぜ合わせたスタイルによる「ラウンジ・ミュージック」が色々とあり、興味をそそられます。

僕自身は職業としては2の「ラウンジ・ジャズ」の演奏や教育に携わっていますが、プライベート(=お金にはなっていませんが)には「スムース・ジャズ」に関わっていましたので、今回は僕自身の方法による「スムース・ジャズ」の方法をお話しましょう。

…あくまで僕の方法なので一般的にはないかも知れませんが。

*スムース・ジャズの使い道

「使い道」とは聞き慣れない言葉かも知れませんが、「イージーリスニング」がホテル・ラウンジや社交ダンスの音楽として使われたのと同様、スムース・ジャズも使い道がありすま。

僕は仕事で、カフェで演奏したり、音楽空間のディレクションをしますが、
カフェと一口に言っても、それぞれ狙う所が違います。
僕とは何の関わりもありませんが、僕のようなショーバイの人間から見て、
スターバックスは色々な意味で凄く良くできている、と思います。

音楽に限って言えば、音響器材は格別な物ではありませんが、ちゃんとした音響調整がなされているし、BGMとして使われるオリジナルCDもハイレベルです。
僕は、一日中座って聴いた訳ではないのですが、50〜70年代のオールディズやジャズ,ラテン等が鳴っていて、僕でいえば「ラウンジ・ジャズ」がやれるな、と勝手に思ったりする訳です。
案外、今時のR&B系ポップスが少ない気もしましたが、世間的にはR&Bばかり鳴らせているカフェは沢山あります。

実は、僕の好みの音楽ジャンルは、50年代以前のジャズと同クラシック、いきなり時代が飛んで今時のR&Bが大好きで聴きますが、R&Bは基本的にボーカルものなので、カフェのBGMとしては不適当な場合があります。

カフェでは一人で来る場合は良いとして、複数で来て会話する分には、ボーカルものは結構邪魔なんですよ。

「ラウンジ・ジャズ」で取り上げましたが、「クリフォード・ブラウン・ウィッツ・ストリングス」みたいな一流ジャズメンが、ストリングスオーケストラを伴奏に、バラードを歌い上げる、というのは、いわば、ポップスを歌手でなく楽器で演奏した、というものなのです。歌がないから、カフェのBGMとして良いな、という所でしょう。

「R&BをBGMとして鳴らしたい」しかし「ボーカルはマズい」という現場の要求から生まれたのが、今時の米国で「ラウンジミュージック」として上げられる「スムース・ジャズ」なのです。

つまり「今時のカフェのBGM」として現場のニーズから生まれたのが、
「スムーム・ジャズ」という訳です。
Complete Nu Lounge Music Collection

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  • 出版社/メーカー: Eq Music Singapore
  • 発売日: 2008/07/01
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ラウンジ・ジャズ/ボーカルのレコード [音楽スタイル]

ラウンジ・ジャズにおける女性ボーカルのレコードもピックアップしてみました。

カーメン・マックレーのストリングオーケストラをバックにした「ブック・オブ・バラード」は、
アメリカンピアノ・ソサエティ/音楽教室のボーカル専攻のお手本的な内容。

サラ・ボーンの「Sings George Gershwin」のガーシュインを歌う場合のお手本。

白人ジャズ・ボーカルのペギー・リーも「丁寧に英語を歌う」という点でなかなか…。

「You'd be So nice Came Home to me/ウィック・クリフォード・ブラウン」で有名なヘレン・メリルの「ウイッツ・ストリングス」は、まぁ、こんなものでしょう、という所。ヘレンの歌は、昔も今も、あまり上手くないのですが、むしろ、故郷であるユーゴスラビアの民謡を題材にした「ヘレン・メリル」が僕のフェイバリット。これギル・ゴールドスティンという凄い編曲家が、ジャズというよりは「ヒーリングミュージック」として作った、アコーディオンやら鈴の音が入ったCDですが、ヘレンの歌も凄く良い、というか合っているな、と感じます。


ブック・オブ・バラーズ

ブック・オブ・バラーズ

  • アーティスト: ドン・アブニー,ジョー・ベンジャミン,チャーリー・スミス,フランク・ハンター&オーケストラ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD



Sings George Gershwin

Sings George Gershwin

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Polygram Records
  • 発売日: 1998/09/29
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ドリーム・ストリート(紙ジャケット仕様)

ドリーム・ストリート(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/12/17
  • メディア: CD



ヘレン・メリル・ウィズ・ストリングス

ヘレン・メリル・ウィズ・ストリングス

  • アーティスト: ハンク・ジョーンズ,バリー・ガルブレイス,ミルト・ヒントン,ソル・ガビン,ストリングス
  • 出版社/メーカー: マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 1994/11/05
  • メディア: CD



ヘレン・メリル

ヘレン・メリル

  • アーティスト: スティーブ・レイシー,サー・ローランド・ハナ,ギル・ゴールドスタイン,ジョージ・ムラーツ,テリー・クラーク,トリー・ジトー
  • 出版社/メーカー: ポリドール
  • 発売日: 2000/01/26
  • メディア: CD



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ラウンジ・ジャズ/エロール・ガーナー「ミスティ」 [音楽スタイル]

アメリカン・ピアノ・ソサエティーといいますか、僕が進めている「ラウンジ・ジャズ」のスタイルの元になるCDを数枚ご紹介しましょう。

まずはピアニストのエロール・ガーナーの「ミスティ」。

ガーナーの以前の録音はギター,ベースという「スゥイング・スタイル」の編成でしたが、
この時分には既にドラム、ベースという「モダン・スゥイング」に変わっています。

評論の本によれば「エロール・ガーナーの特徴は左手のビハインド・ビートと呼ばれる、少しずらした伴奏にある」らしいのですが、僕としては、ハーモニーの豊かな感じと、よく歌うメロディーとにあります。

しかし、当時は黒人ジャズピアニストのレコードなのに、当り前のように白人女性の写真が用いられています。同じ時代のブルーノート・レーベルあたりは、モノトーンで、ジャズメン自身の演奏シーンが使われている訳で、「黒人の写真を使うと売れない」という判断というか、「黒人らしさ」を表出すると買わなくなる層に売っていた、という事でしょう。

尤も、ショパンライクなピアノ技法と共に、やはり「黒人でないと出せない音楽性」というものが、
根本に流れています。
ミスティ

ミスティ

  • アーティスト: エロール・ガーナー,ワイアット・ルーサー,ユージン・ファッツ・ハード
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルJ
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD



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ラウンジ・ジャズにつて/「スゥイング」と「モダン」の違い [音楽スタイル]

ラウンジ・ジャズとモダン・ジャズの違い

僕にとっては「ラウンジ・ジャズ」とは「モダン・スゥイング・ジャズ」だと、ご説明しましたところ、ジャズ愛好家の友人から「モダン・スゥィング」という言葉自体が、お前の造語だから、一般には通じない、と言われてしまいました。

「モダン・スゥイング」。

どこかで聞いた言葉だから、僕の造語ではと思いますが、前回に続いて説明させて頂きます。

僕の感覚では「モダン・スゥインク」とは、1930年代の「スゥイング・ジャズ」や50年代の「モダン・ジャズ」の中間のジャズなのですが、ある方から「スゥイング・ジャズ」と「モダン・ジャズ」の違いをよく理解してないから、教えて欲しい、と言われたので、まずは、こちらから。

40年代にチャリー・パーカーやディジー・ガレスビー等によって造り出された「バップ」と呼ばれるスタイルを一般に「モダン・ジャズ」と呼びます。それ以前のジャズを「スゥィング・ジャズ」と呼ばれます。

「スゥィング」という言葉は、したがって音楽スタイルを現す場合と、「スゥイングしてる」と動詞というか形容詞として使われる場合があります。

「スゥイング・ジャズ(以下スゥイング)」と「モダン・ジャズ(同モダン)」の違いですが、まずリズムが異なり、「モダン」は細分化されています。というのは、「スゥイング」が基本的に社交ダンスの伴奏音楽として用いられた関係で、社交ダンスとして踊れぬ程のリズムの細分化は進められなかったのにのに対し、ショパンのワルツの如く、「モダン」は、ダンスと離れた「観賞用の芸術音楽」として生まれた事もあり、リズムと共に「ハーモニー」の複雑化が進められます。

ハーモニーについては「スゥイング」が7thや精々9thしか用いないに対し、「モダン」は#11thや♭13th等の「テンション」を伴った和音が基本となります。
尤も、1930年代当時といえばクラシックも、ドビッシーやシェーンベルク、ストランビスーによる高次科が行なわれているにせよ、一般的にはリヒャルト・シュトラウスやサンサース等の「ロマン派」が充分新しく通用していた訳で、ジャズも同様に9thが導入されたいた訳です。

ところで、今は「ジャズピアノトリオ」と言えば、ピアノ以外にはドラムとベースが用いられますが、「スゥィング」の場合、ドラムではなくギターがベースと共に使われます。
(下のリンクは「モダン・スゥイング」の巨人オスカー・ピーターソンの50年代当時の録音で、ギター&ベースによるトリオ編成となっています。オスカーは60年代以後はドラムとベースの編成になりますが…。)

ところで、ややこしいのが「モダン・スゥイング」で、「スゥイング」と「モダン」との「どういう中間なのか?」という両者の混ぜ具合が問題となりますが、概ね和音の構築やアドリブのフレーズは「モダン(バップ)」、リズムや全体の雰囲気は「スゥイング」という辺りが標準でしょう。
要するに元々「スゥイングジャズ」だった人が、当時の新しい流れとしての「モダン(バップ)」の理論や技術要素を取り入れた、という所でしょう。

僕は50年代以後の「モダンジャズ」も大好きですが、以前の「モダン・スゥイング」は更に好きで、自分自身は「ラウンジ・ジャズ」と称して「モダン・スゥイグ」のピアノ演奏をしていますし、プロデュースしたカフェのBGMとしても推奨しています。

なぜ好きか?或はカフェBGMに適するか?といえば、「芸術家」肌の「モダン」に比べ、「スゥイング〜モダンスゥイング」の人達は、「基本的に観客を楽しませよう、という「芸人」としての枠を持っているから、気楽に付き合えるし、BGMで聴ける訳です。かつ、音楽職人としての「芸の追求」もしっかり行なっており、その実、下手な芸術家より「芸術性」が高い訳です。

僕自身は「スゥイング」となると、ちょっと古いかな、と思いますが、「モダン・スゥイング」となれば、ハーモニーやフレージングも充分新しいし、かつ、ピアノ音楽については得てして「超絶技法」を誇示するきらいがあるにせよ、シンプルに弾く部分は非常に歌えている場合が殆どで、「歌のないポップス」&「ショパンライクなピアノ音楽」という所で、丁度良い、と思ってます。

ピアノといえば、前述のオスカー・ピーターソンやエロール・ガーナー、ジョージ・シアリング、アンドレ・ピレビン等でしょう。

対して「モダンジャズ」ですが、「スゥイング〜モダン・スゥイング」に比べて、パフォーマーとして無愛想というか、初期のチャーリー・パーカーとかディジー・ガレスビーあたりは割合愛想良いのですが、50年代半ば以後の巨人達であるマイスル・ディビスに至っては、ステージではニコリともしなかった、といいます。

これは50年代当時の黒人としては革命的な態度であり、それまで黒人というのは最低でも笑顔を見せており、わざとアホな事を言ってモミ手で機嫌を取る、というブッシュ大統領の前での小泉前首相のようなコメディアンぶりが常識でした。(ちなみに「ロン・ヤス」と堂々とした態度で接し、僕達に希望を与えた中曽根氏も、レーガン元大統領の認識では「政治家」ではなくコメディアンだったそうですが…)。

マイルスがそういう態度を取らなかったのは、別段、気難しい人格だったかではなく、クラシックの演奏家同様に「良い演奏」を「聴かせてやる」以外の事に価値観を認めなかったのでしょう。
例えばヘルベルト・フォン・カラヤンやアイザック・スターンの演奏会では、観客は緊張してマエストロを迎え、演奏を拝聴します。それに対して「音を楽しむと書いて音楽という。気楽に楽しみましょう」とか見当違いの意見をいう人もいますが、むしろ、クラシックの巨匠のそういう凛として精神性で持って、僕達はドロ沼みたいな日常から解き放たれる深い愉しみを頂れる訳です。
そしてマイルスも、そういう精神性に根ざした音楽をやっている訳で、アイザック・スターンがバイオリンを持って登場するが如くに、トランペットを持ってステージに上り、多くの人に精神的な悦びを与えた、という所でしょう。

とはいえ、毎回「芸術」だとシンドイ訳で、もう少し「ユルい」音楽があっても良く、それが「ラウンジ・ジャズ」だというのが僕の主旨ですが、話しの「芸術=モダン・ジャズ」に戻しますと、こちらは、演奏技術的にも、音楽理論的にも極限を目指した即興演奏を繰り広げます。

「分り易い音楽=ポップス」だとすれば、「分り難い」の極地が「現代音楽(や前衛ジャズ)」、かなり分り難いが「モダン・ジャズ」、それよりはずっとポップス寄りが「モダン・スゥイング=ラウンジ・ジャズ」となります。

ところが、モダンジャズのアーティスト達ですが、いつもフルにアドリブを展開した訳でなく、聴き易い「ラウンジ・ジャズ」作品もレコード録音しています。
ピアノではないのですが、チャーリー・パーカーという「モダンジャズ」の始祖で、アドリブの天才であるサックス奏者が、「ウィッズ・ストリングス」というアルバムを作っています。

ジャズ系の場合、「ウィズ・ストリングス」物はというのは、クラシック音楽というよりは、イージー・リスニング風の音楽を意味し、パーカーによるこれも例外ではありません。

そもそも、当時のポピュラー曲(流行歌)を、ストリングス・オーケストラを伴奏に、ストレートに(アドリブを加えず)メロディーを吹くだけ、という演奏であり、「硬派(?)」なジャズマニアからは「商業主義」的と批判される「ポヒュラー(=ラウンジミュージック)」に分類されるレコードとなります。

実際、パーカーとしては最も売れたレコードらしいのですが、但し、一応、プロである僕のを目を通して分析するに、伴奏のストリングス・オーケストラは安普請ながら、パーカー自身は、ビミョウな装飾音を加えたり、メロディーをフェイク(崩して)し、相変わらず高度な音楽理論に基づく演奏を展開しており、且つ、メロディーの歌わせ方も一流です。

パーカーといいオスカー・ピーターソンといい、凄いテクニックで弾きまくる(吹き捲くる)という事に目を奪われがちですが、シンプルに、或は、スロー・バラードを演奏すると、絶妙の歌い方を聴かせる訳で、やはり大一級のアーティスただな、と痛感させられます。

もう一つ「モダン・ジャズの天才が録音したラウンジミュージック」の例を上げましょう。

パーカーより若い世代に属するトランぺッターであるクリフォード・ブラウン。これも「ウィッツ・ストリング」というタイトルですが、これはパーカーのレコードに比べれば遥かに伴奏編曲が良く、しっかりした企画で録音が進められています。
クリフォードによるスロー・バラード演奏が絶品の極上の「ラウンジミュージック(ラウンジ・ジャズというべきか)」。

パーカーにしろクリフォードにしろ、これで伴奏は同じで、ソリストが普通程度ならば、別段、どうという事のないレコードになる訳で、やはり「最高の芸術家」による演奏は全てを転換させると思います。

ところで「ラウンジミュージック」の名盤として数々の「ジャズ・ボーカル」のレコードを上げれます。どういう訳か、「女性ボーカル」というだけで、他のジャズ(=芸術音楽)とは区別され、自動的に「芸人=ラウンジミュージック」に分来されてしまいます。その分、録音予算がかけられ、ストリングス・オーケストラ伴奏を付こう事ができますが、結局、歌手本人の「芸術的レベル」もが低いと全体として大したものにはならないようです。

僕の好みからすれば、ビリー・ホリデー、カーメン・マックレー、サラ・ボーンという50年代以前の黒人女性歌手のレコードがやはりお奨め。
以前、「レイ」という黒人R&B歌手のレイ・チャールズの伝記映画を観てますと、
元々「ポップス」であるレイが、更に大手レコード会社と契約するに当たり、仲間だったバンドを切り捨ててストリングスと録音する際、切り捨てられたメンバーから「商業主義に走った」と愚痴られるシーンがありました。
元々「ポップス」であるバンドにも関わらず、大編成ストリングスは「商業主義」としてバカにされる訳ですから、ましてや「ジャズ」歌手にとってのストリングス伴奏は「最も芸術的でない仕事」だったかも知れません。

但し、演奏業の端くれ、として想うに、大予算を投資とのストリングス伴奏の録音は、「売れる=沢山のギャラが貰える=会社から高い評価を与えられた」訳で、
案外に「楽しい仕事」な筈です。実際、上記歌手の録音を聴くに、バンドでセッション的(=低予算)録音したものは、「ジャズ」として尊ばれ、編曲されたストリングス付き(=高予算)録音は「当時のポップス=ラウンジミュージック」として軽く観られていますが、に分類されるようですが、録音作品としてはストリングス付き=ラウンジ物の方が何よりも歌自体が良い思います。

ちなみに「ストリングス」物がどうも宜しくない例として、
「ニュー・ジャズ」のビル・エバンスを上げれますが、伴奏にクラウス・オーガマンやミッシェル・ルグランというイージー・リスニングの大御所の編曲と指揮で録音されているものの、エバンスのone and onlyな「深さ」に伴奏がついていけてない感じ。ルグランが同じく担当したオスカー・ピーターソンや、オーガマンが担当したダイナ・クラールの録音は非常に良いと感じましたが…。

ところで「女性ジャズ・ボーカル」といえば「You'd be so nice to come home to me」でヒットした「ニューヨークのため息」;ヘレン・メリルが有名ですが、「You'd be 〜」は「ヘレン・メリルwithクリフォード・ブラウン」というタイトルのジャズ・レコードに収められた一曲です。クインシー・ジョーンズが編曲を担当し、第一級のトランぺッターであるクリフォード・ブラウンを起用した「お金のかかった」完成度の高い名盤です。

とはいえ、僕自身の正直な所として、ヘレン・メリルは、ヘタクソだし、芸術性も大した事なく、別に名盤とも思えません。むしろ伴奏は安物臭いが、歌手としは第一級の上記黒人歌手のレコードの方が僕は好きです。

ボーカルといえば、オスカー・ピーターソンと同時代の黒人である、ナット・キング・コールがやはり偉大な存在でしょう。娘は、ナタリー・コールという「親の七光り」で一応スターであるR&Bシンガーですが、ナット本人も、R&B系「ポップス・シンガー」として売り出され、大スターになります。

尤も「ポップス・シンガー」に「転身」する50年代以前は、「ジャズの弾き語り」トリオを率いていました。僕は、むしろ、この時代のナットキングが大好きで、且、自分の「ラウンジ・ジャズ」のお手本としています。

結局、「ポップス歌手に転身」した後に、経済的大成功を収めた訳ですが、
元々というか本来の彼は「モダン・スゥイング」のジャズピアニストであって、
ちょうどオスカー・ピーターソンを簡略化したようなピアノをベースト/ギターによるトリオを率いて「弾き語り」していました。

ちなみに後年大成功した事と、それ以前についても、「歌手」としての人気は得ていたらしいのですが、米国では彼のピアノ自体はあまり注目されなかったようですが、実は、ハーモニーといいフレーズの構築といい、実に高度且つ斬新。
ピアノとボーカルの両方での研究の価値ありです。

ロマンス/シングス

ロマンス/シングス

  • アーティスト: バーニー・ケッセル,ハーブ・エリス,レイ・ブラウン
  • 出版社/メーカー: ポリドール
  • 発売日: 1998/06/17
  • メディア: CD



アーリー・イヤーズ・オブ・ナット・キング・コール・トリオ

アーリー・イヤーズ・オブ・ナット・キング・コール・トリオ

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ディウレコード
  • 発売日: 1993/04/26
  • メディア: CD



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ラウンジ・ミュージックとは?/その2 [音楽スタイル]

前回はAI Music Salonとして進めている三種の「ラウンジミュージック」中の一番目「イージーリスニング」についてお話しましたが、今回は「ラウンジ・ジャズ」についてお話しましょう。

単純に言えば「ラウンジ・ジャズ」とは「普通のジャズ」の事です。勿論、何をもって「普通」とするか?についてヒトまちまちですが、これはジャズの歴史やスタイルについて最小限のご説明をした方が良さそうですね。

僕が、音楽教室での「ジャズピアノ」コースを始めて15年以上になりますが、
その間に出会わう沢山の生徒さん…初心者からプロ迄…の殆どに以下の特徴があります。

・クラシックピアノ経験はある
・ジャズピアノを弾きたいと思っている
・しかしジャズのアーティスト等は殆ど知らない

又、「かって他のジャズピアノ教室に通ったが、直ぐに挫折した」という経験をお持ちの方も少なくありませんでした。そういう方であっても、僕のレッスンだと比較的長続きされるのは、何も僕の教え方がうまい、とか、必ずしも僕の演奏が良い、というからでは全くなく、最大理由は次の二つだと思っています。

1,自分がやりたかったジャズのスタイルが習える
2,体系的に習える

2の「体系的にレッスン」という事は別な機会にお話するとして、1の「やりたかったスタイル=ラウンジ・ジャズ」についてお話してみましょう。

男性で入会した来られる方は、割合、ジャズについて詳しく、例えばブラッド・メルドーのスタイルをやりたい、とかハンク・ジョーンズがいい、とか色々な固有名詞を上げられますが、女性の場合、そもそもアーティスト名自体を知らないし、CDを持っていない事も少なくありません。
男性からすると、女性が好きなジャズは「ビル・エバンス」あたりかな、と想像したりしますが、少なくともアメリカン・ピアノ・ソサエティーに入会される若い女性については、そういう事はあまりないようです。

何れにしろ「ジャズに興味を持って、会社の先輩にあたるオジさんに話すと、
沢山のジャズCDを貸してくれたが、聴いてみると全然良くなかった」という事も少なくないようです。

「ビル・エバンスは嫌い」という人は男女経験問わず、あまりいないし、僕も好きですが、試しに「どのジャズピアノCDが好きですか?」と色々と聴かせると(あくまで、ごく個人的な経験に過ぎませんが…)、人気があるのは次のCDあたりでした。

「エロール・ガーナー/ミスティ」
「ラムゼイ・ルイス/ジ・イン・クラウド」
「ビリー・ホリデー/レディ・イン・サテン」等々。

「エロール・ガーナー/ミスティ」は名盤ですが、案外、「ジャズおやじ」は聴かないようです。これは私見ですが、40代半ば以上の「ジャズおやじ…僕も含まれますが…」は、ある意味、クラシックやロックの延長線上にある「アドリブ・プレイの妙技を聴く音楽」としてジャズを捉えますが、若い世代は「日頃聴いているR&Bポップスの器楽音楽」としてジャズを捉えるようです。

ボーカルも、有名な「ヘレン・メリル/ユー・ビー・ソー・ナイス〜」も良いのですが、案外に「上級者向け」とされるビリー・ホリデーの方がウケます。

つまりは宇多田ヒカルやマライヤ・キャリーの元祖といいますか、いわば「R&Bのクラシック」格として「ジャズ」を聴き、楽しみます。

ちなみに「エロール・ガーナー/ミスティ」やビリー・ホリデーが「入門者向け」という事は全くないのですが、さほどアドリブを聴かせる訳でなく、「ジャズおやじ」の価値観とは少しずれるようです。

こういう音楽はジャズ全体の中で、どういう立場に位置するのか?

これらは、いわばジャズの「ロマン派」とでも呼ぶべき50年代以前のスゥイングやモダン・スゥィングと呼ばれるスタイルになります。ここで」的が更に人気があります。ここで「ジャズの歴史」について少し勉強してみましょう。

非常に大雑把に扱えばジャズは下記の時代に区分けできます。

1,1940年代以前のディキー、ラグタイム、スゥィング・ジャズ

2,40〜50年代のモダン・ジャズやモダン・スウィング

3,60年代のニュー・ジャズや前衛ジャズ

4,70年代のフュージョン

1の「ディキー」が南部の軍楽隊から派生した管楽器やバンジョーを用いた初期のジャズで代表が「聖者の行進」のルイ・アームストラング、又、同時代の都心部の「売春宿」や酒場で発達したのがソロピアノにラグタイムで代表がスコット・ジョプリン。

それらの要素が融合し、且、クラシックの高度な技法が取り入れられたのが
「スゥイング・ジャズ」。

スゥイング期のジャズピアニストの元祖がアート・ティタムで、
彼のスタイルは単純に言えばショパンやリストの超絶技法や複雑な転調を伴った黒人音楽。1930年代に最初のピークを迎えますが、当時、米国亡命してきたラフマニノフとホロビッツがティタムを聴き、驚愕し、ファンになった、という伝説があり、僕の友人でパリ音楽院だったかに留学した人も授業でそう聞いた、と言ってましたが、多分、作り話でしょう。
というのは、ティタムの方がラフマニノフやホロビッツを真似しただけ、わざわざ聴きに行くのか?という気がするからです。

重要な点は、ティタムの影響を直接間接的に受けないジャズピアニストはいない、という事がひとつ。もう一点は、ヨーロッパではシェーンベルク等の「無調の音楽」が勃興しているのに関わらず、米国クラシック界は、ラフマニノフやマーラー等の「ロマン派」が「現役」として頑張っていたという事です。

ラフマニノフというのは、ロシアから亡命してきた、19世紀のショパンやリストの流れを汲む「ロマン派」作曲家兼ピアニストですが、多分、30年代の米国では「時代遅れ」の筈のそれらの「ロマン派」音楽が主流であり、アート・ティタム等のジャズも、その影響化にあった、という事です。

或はテイタム門下というべき(実際に教えを乞うたそうですが)テディ・ウィルソンやオスカー・ピーターソン等、或は次の時代のスタイルであるバド・パウエル等による「モダン・ジャズ」も「ロマン派」の影響化にある、と言える点です。

故に、「革命のエチュード」や「ラ・カンパネラ」的な派手なピアノ技法を満載し、「ノクターン」のような複雑な転調を連ねていきます。むしろ、ショパンやリストを押し進めた音楽とも言えます。

ちなみに「スゥイング」の巨匠として、黒人のデューク・エリントンが上げられますが、エリントン音楽は日本では体育会系的な「A列車で行こう」が有名なものの、これは例外といえなくもなく、むしろ他の曲の斬新なハーモニーやメロディーの構築は、「黒人のドビッシーかストラビンスキー」といった所。遥かに斬新。

クラシック音楽の「不幸(?)」は、シェーンベルクの「無調」がその後の主流になり一般人には「何をやっているのか訳が分らなく」なった点にありますが、
ドビッシーやラベルの「調性のある近代音楽」が主流になる可能性もあった訳です。しかしエリントンやその後のジャズを聴きますと、むしろドビッシーあたりはジャズに継承されていると分ります。それにしても、一体、どうやってエリントンがドビッシー・レベルの音楽を構築できたのか?不思議というか彼も真の天才の一人だった訳です。同時代のガーシュインも確かに良いのですが、果たしてエリントンの存在なくしては生まれなかったと思います。

とりあえず「スゥイング」の天才としてと、その後の主流になる「ロマン派」のアート・ティタムと、もっと後になって漸く真価が理解された「近代派」のエリントンがいた、と覚えて下さい。

2,モダン〜モダン・スゥイング

日本の「ジャズおやじ」が普通「ジャズ」として認識するのが、モダン・ジャズ、もしくは「バップ」と呼ばれるスタイルの音楽です。

これはチャーリー・パーカーという天才的なサックス奏者他によって始められたイディオムですが、ショパンを遥かに凌ぐ和音構造と複雑なリズム構造を持つジャズですが、パーカー以後の「バップ」と以前の「スゥイング」とでは大きく異なる違いがあります。

その違いとは「バップ」以後が「芸術音楽」として自立した事です。というのは、それ以前は、ジャズ演奏家はいわば「サービス業」であって、良きも悪しきもダンスの伴奏だったり、食事のBGMだったりしますが、パーカーが革新的な部分というのは、音楽理論上の進歩以上に、「鑑賞する為の音楽」としてダンスや食事から切り離された事です。

更にパーカーの弟子にあたるマイルス・ディビスに至っては、いわば「ジャズのベートーヴェン」であって、それ以前はハイドンにせよ、どうも召使い的な立場から抜けでなかったと同様、黒人は白人の前では「何を言われても笑顔で接する」みたいな立場でしたが、無愛想というか、逆に「観客が頭を下げるべき」という態度を取ります。

良きも悪しきもベートーヴェンの音楽が、気楽に聴ける「食事の伴奏」でなく、感動する為の「鑑賞音楽=芸術」として独立したと同様、当時としては画期的な思想ですが、マイルスは「ジャズを芸術」として鑑賞するを観客に要求した訳です。

もう一つが「音楽理論の発展」です。クラシックの歴史では、
ワーグナーやマーラーあたりの後期ロマン派をもって「調性」内でできる事はなくなり、シェーンベルク以後の「無調」に変わった、という事になっていますが、
パーカーやマイルスの音楽を聴けば、実は「調性」内でできる事はまだまだあって、実際に彼等天才黒人音楽家がそれを成し得た事を実証します。

ところで、ここで話しを戻しますと、僕が「ラウンジジャズ」と称して扱うのは、この時代の「バップ」の技法と前時代の「スゥイング」の中間というべき、
「モダン・スウィング」の巨人、ピアノでいえばエロール・ガーナー,オスカー・ピーターソン,ジョージ・シアリング等です。

「スゥイング」と「バップ」の違いの一つとしてリズム上の細分化があり、
具体的にはドラムのパターンが大きく変化します。或は「ピアノ・トリオ」の形が大きく変わり、アート・テイタムや初期のピーターソンのトリオが、ピアノを中心にベースとギターだったのに対し、バップ以後はギターでなくドラムが入ったトリオとなります。

或は元祖のバド・パウエルは別として「バップ」系のジャズピアニストが、
ショパン風のピアノ技法の誇示ではなく、まるでサックスのフレーズをピアノで
弾く、というスタイルに移行していきます。左手は、「スゥイング」ならば10度を使った分散や和音による伴奏を行なうのに対し、「バップ」は伴奏自体をベースとドラムに任せる関係で、複雑なコードでリズムを刻む、という役割に変わります。

これはショパンの「革命のエチュード」がダンス音楽でないのと同様、
「バップ」も最早「ダンス音楽」でなくなったが故の、ある意味での複雑化を目指した結果です。

僕自身も、勿論、「バップ以後」のジャズピアノは重視していますが、
一方でそれ以前の「スゥィング」や中間的な「モダンスウィング」が「古いから駄目だ?」と言われれば、そんな事は全くない、と断言できます。

これは、次の時代3「ニュー・ジャズ」や「前衛ジャズ」を経た今となってはかえって分るのですが、「和音の緻密化=ロマン派」的ジャズとして頂点を極め、さすがにやるべき事はやり尽くしたマイルス・ディビスが目を向けた事は、
ドビッシー以後の「近代音楽」のイディオムです。
本家のクラシックは、何故か「近代音楽=ドビッシーやラベル等の技法」については今ひとつ発展や普及させぬまま、シェーンベルク系の「無調」に走りますが、
端的に言えば60年代のマイルスは、ジャズという枠組みのこそあったものの、
「近代音楽」をクラシックに為り変わって発展させました。

20〜30年位遅れていますが、クラシックに追いついた訳です。ちなみに「無調」の「現代音楽」はジャズではないのか?といえば、60年代にセシル・テイラーという黒人ピアニストによって、ちゃんと始まる訳です。
或は、70年代のマイルス・ディビスは各種電気楽器やロック・ビートの導入という革新ろを図りますが、ハーモニー的にはペリオやノーノ、シュトックハウゼンというクラシック系「前衛音楽」も一部取り入れています。

要するにジャズも、クラシックの「進歩」をそのまま取り入れ、同様に「進歩」した訳ですが、その結果どうなったか?といえば、単純に言えば「儲からなくなった」というクラシックの現代音楽同様の現象に陥りました。

70年代以前の黒人ジャズ音楽家というのは、ある意味、クラシックというか知的なものへの劣等感というか、実際には「ドビッシーやストラビンスキーの後継者」であった程にとんでもなく知的な訳ですが、それを社会に対して分らしめたい、という気持ちが非常に強い訳です。

例えば60年代初頭というえば、英国でロック・スターとして音楽というか世界の文化を変えたビートルズが存在し、当時は彼等もネクタイにスーツ姿で演奏していますが、ビートルズのスーツと、マイルス等のジャズ演奏家のスーツは全然異なります。黒人ジャズのスーツというのは、英国調というかケネディ大統領同様、米国上流階級風の保守的なスタイルであり、1968頃迄、マイルスのバンドもステージではタキシードだったりする訳で、大雑把に言えばクラシック音楽家とあまり違いません。

つまりは「ジャズというのはクラシックと同格の音楽なんだ」という意識で演奏し、血のにじむような苦労を得て、そういう位置を得る訳ですが、その結果どうなったか?といえば、クラシックなぞハナから相手にしてないビートルズ以後の「ロック」の十分の一以下の「マイナーな音楽」に陥ってしまった訳です。

ちなみにマイルス・デイビスについては70年代以後、劇的なスタイル変身をとげ、大観客の獲得と、その実、更に高度な音楽へと進歩する訳ですが、それはさておき、必ずしも「進歩」が良い事ばかりではない、というのが、21世紀に入ってからの発見です。

ジャズにおいても3の「前衛ジャズ」時代以後、クラシックと同様、未来は「無調」の音楽が主流になると考えられていました。内心、観客のみならず評論家も「無調の音楽は、よく分らないなぁ」と思っても、それを明らかにする事は格好悪い事だったのは、例えばベートーヴェンやバッハも、当時は観客から「前衛的で、何をやっているか分らない」と言われたからです。

つまり、どうも「無調の音楽」は訳が分らないが、頑張って聴きこめば分ってくるし、分らなければ音楽愛好家や音楽家として失格だ、という意識に支配されていたからです。或は、19世紀の馬車は20世紀に入って機関車には「進化」し、更に電車な新幹線に「進化」したように音楽も「進化」すべきだ、と思われていました。

60〜70年代といえば僕の小学生時分ですが、当時、学校の先生から「2000年頃の未来は、人々は金属製の家に住み、宇宙服を来て、宇宙食を食べている」という「夢」を聴かされましたし、70年に開催された万博では「全自動人間洗濯機」とか「電子音楽」と称する無機的な音楽を聴かされ、納得させられたものです。

しかし、今の僕達が「宇宙服」を来てる訳でも「全自動洗濯機」で入浴している訳でなく、露天風呂が良かったり、30年代や50年代風のファッションをしたりする訳です。毛糸のセーターが宇宙服に取って変わらず、やっぱりシェトランド・ウールがいい、と感じられるのと同様、「無調の現代音楽」ではなく、むしろ「ロマン派」音楽が良かったりする訳です。

或は、ベートーヴェンやマイルス・ディビスが成し得た如くに「芸術音楽」の確立は非常に重要な革命ですが、カフェで友達と雑談をしながら聴ける音楽とか、デートの時に車で聴ける音楽、というのも必要な訳です。むしろ「芸術性」を保ちつつ、ある意味、解り易く、「使い易い」音楽というものが21世紀は望まれる訳です。

話しが脱線しましたが、芸術たろうとした「バップ」に対し、「実用音楽」の枠に留まりつつ、「バップ」の技法を取り入れた「モダン・スウィング」の価値というも改めて認識して頂きたいと思います。

「モダン・スゥイング」とは、紳士服でいえば、オーソドックスなスタイルだが、生地や仕方が良いスーツ、婦人服でいえば定番のシャネルスーツのようなものです。「バップ」や「ニュージャズ」「前衛ジャズ」が、いわば生地や仕立てよりも、デザインや意匠を問うた、例えばコム・デ・ギャルソンのような「芸術」だとして、確かに、これはこれで良いのですが、格好は普通だが仕立てと生地で勝負する何何テーラーのスーツ、みたいなジャズが「モダン・スゥイング」だと言えます。

ピアノを綺麗に弾く、とか、メロディーをよく歌わせる、という事は、何か変わった事をする以上に重要だし、実は難しいとも言えます。
80年代に出現したコム・デ・ギャルソンの「穴あきルック」とか、三宅一生の布を巻き付けたようなスタイルの場合、「仕立て」という発想はなく、穴があいている、とか巻き付けただけ、という意匠に注意が払われます。
逆にオーソドックスなスーツとなれば、生地や仕立て具合で価値を決める訳で、
「モダン・スゥイング」も同様に音楽演奏の基本部分で勝負します。

この「モダン・スゥイング」をして、アメリカン・ピアノ・ソサエティでは「ラウンジ・ジャズ」と呼びます。

以上、70年代のフュージョンについては、僕自身が興味がないので割愛しましたが、むしろ、その次の時代に相当するアシッド・ジャズとかスムーム・ジャズとか呼ばれるスタイルについて、次回は述べたいと思います。

ミスティ

ミスティ

  • アーティスト: エロール・ガーナー,ワイアット・ルーサー,ユージン・ファッツ・ハード
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルJ
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD



ジ・イン・クラウド+2

ジ・イン・クラウド+2

  • アーティスト: ラムゼイ・ルイス,エルディ・ヤング,レッド・ホルト
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD



Lady Day: Best of

Lady Day: Best of

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony
  • 発売日: 2001/10/03
  • メディア: CD



ブック・オブ・バラーズ

ブック・オブ・バラーズ

  • アーティスト: ドン・アブニー,ジョー・ベンジャミン,チャーリー・スミス,フランク・ハンター&オーケストラ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD



Charlie Parker With Strings: The Master Takes

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  • 出版社/メーカー: Polygram Records
  • 発売日: 1995/01/24
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ラウンジミュージックについて/その1 [音楽スタイル]

ラウンジ・ジャズについて

アメリカンピアノ・ソサエティー音楽教室では「Lounge Jazz」のピアノや弾き語りのレッスンを展開しています。

http://web.mac.com/pianosalon/iWeb/American%20Piano%20Sosiety%20by%20AI%20Music%20Salon/Lounge%20Piano.htmlhttps://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/319ZVS89NAL._SL75_.jpg

尤も「Lounge Jazzとは何ですか?」という根本的な部分について問合せを頂く事が多々ありますので、今回はそれについてお話ししましょう。

「Lounge Jazz」という言葉、僕の造語ではないにしろ、一般的ではなく、
多分、イメージは伝わるものの、定義のはっきりしない音楽スタイルです。

僕としては「ラウンジ・ミュージックの範疇に含まれるジャズ」という意味で使っていますが、
「ラウンジミュージック」自体も定義がはっきりしていません。
(日本の「ホステスさんがいるスナックで流れる歌謡曲調ピアノ」とは別物ですが…。)

本来は、ホテルや空港の「ラウンジのBGM」という意味らしいのですが、今ではスタバのBGMも「ラウンジミュージック」と呼んでも差支えなく、或は、クラシックの室内楽も含めてしまえます。

一般的には1950年代の「ボールルーム・ミュージック」と呼ばれるジャズ系「社交ダンスの音楽」からが「ラウンジミュージック」と呼ばれるようです。

ちなみにアメリカン・ピアノ・ソサエティーの母体であるAI Music Salonでは、次の三種の「ラウンジミュージック」の音楽振興や演奏家育成をしています。

1,イージーリスニング(50〜70年代のボールルーム・ミュージック)
2,ラウンジ・ジャズ(40〜50年代のモダン・スウィング)
3,スムース・ジャズ(DJが加わる打込み系Lounge Music)

アメリカンピアノ・ソサエティー音楽教室では2の「ラウンジ・ジャズ」を中心にしますが、
基盤である1の「イージーリスニング」=「ボールルーム・ミュージック」もレッスン課題になにります。今回は、この「ボールルーム・ミュージック(以下ボールルーム)」についてお話しましょう。

「ポールルーム(音楽)」の先祖は「ウィンナ・ワルツ」や「メヌエット」等のクラシック系舞曲ですが、今時は「大統領晩餐会」でも「メヌエット」でなく「ボールルーム」が用いられる筈ですが、
いずれも格式の高い儀式の音楽になっています。

ちなみに僕達は「レストラン=食事をする場」と思っていますが、欧米では格式が上がる程に、
スーツやワンビースでは駄目、タキシードやドレスが必要となる「社交ダンス」付きの会となります。
勿論、僕達がタキシード着用の「晩餐会」に呼ばれる事はまずありませんが、日本で言えば、
結婚披露宴/パーティも相当の格式を要求される訳です。

尤も日本では、ビンゴだかビンボーだかの下らないゲームに興じたで貧相ですが、欧米だと「社交ダンス」が始まる訳です。

マリー・アントワネット時代あたりから王侯貴族階級では、それぞれがオーケストラを抱えており「食事に音楽が欠かせない」「欧貴族は音楽を愛好した」等の説を伺いますが、僕が想うに、お目当ては「音楽鑑賞」ではなく食後のダンスでしょう。
何の事はない、今で言う「コンパ」の役目があり、「食中の会話で雰囲気を高め」、「ダンスで密着し」…という魂胆が故に、よい音楽を求めた、というのが真相だと思いますが、王侯貴族階級は、少し前は海賊だったりする訳で野蛮なパワーの持ち主であり、色事にもドン欲だった筈です。

但し、野蛮なだけではなく、日本の戦国武将が「茶道」を嗜みとした如く、欧州の貴族も「教養」を必修とし、それ抜きには「モテなかった」筈です。
要するに、バッハ時代から「勝負ドレスを着込んだ女性と恋を語る」お膳だてとして、社交ダンスとその音楽は発達し、1950年代の「ボールルーム」をもって一つとして頂点を迎えます。

19世紀の「社交ダンス」音楽の頂点がシュトラウスによる「ウィーンナ・ワルツ」ならば、
20世紀は1930年代のガーシュインやエリントンの音楽も頂点だといえます。

更に1950年代に絶頂を迎えたのは、それまでのSPと呼ばれる音質の悪い、片面3分しか録音できないレコード家でなく、30分録音できと向上した音質を持つLPの出現で、レコードはビッグビジネスとなり、それ故、大きな予算によるレコード制作が可能となりました。

かつ50年代の米国は「世界一の経済大国であり「戦勝国」でもあり、圧倒的な国力を誇ります。
そうしてできた50年代のボールルーム(社交ダンス)は、例えばピアノ音楽として、「愛情物語」が大ヒットしたカーメン・キャバレロを上げれますが、昔のフルサイズのアメリカ車みたいな、ラフマニノフばりの豪華絢爛なピアノ音楽とジャズ・イディオムが融合した、リッチな音楽になります。

或はピアノではないが、マントバーニー・オーケストラも素晴らしいし、「ロニー・アルドリッチの二台のピアノ/オーケトラ」もかなりのものです。

これらを正確には「ボールルーム・ミュージック」と呼ぶべきですが「イージーリスニング」ともいいますし。総じて「ラウンジミュージック」とひっくるめて呼びます。

これらの音楽はジャズの楽理と、クラシックのピアノ技法やオーケストラを融合させたイタリー系米国人を中心とする「ラウンジミュージック」です。

愛情物語〜オリジナル・サウンドトラック盤

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  • アーティスト: カーメン・キャバレロ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル インターナショナル
  • 発売日: 2002/05/02
  • メディア: CD



エレガンス-リラックス・イン・ザ・ムード-

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  • アーティスト: パーシー・フェイス・オーケストラ,グレン・ミラー・オーケストラ,ヘンリー・マンシーニ・オーケストラ,レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ,ダニエル・リカーリ,ニニ・ロッソ,ヘンリー・マンシーニ,マントヴァーニ・オーケストラ,カーメン・キャバレロ
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2002/04/24
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ザット・アルドリッチ・フィーリング(紙ジャケット仕様)

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  • アーティスト: ロニー・アルドリッチ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2006/03/22
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